猫が好きになった日

僕は猫が嫌いだった。犬が好きだった。
正直、猫は懐かないし、触らせてくれないし、あまり遊んでもくれなかった。
よく外にいるイメージがあったし、清潔でないような気もしていた。兄が猫アレルギーだったのも関係しているのかもしれない。そんなこんなで、典型的な猫嫌いだった。

妻は猫が飼いたいからといって、かなり頑張って賃貸住宅を探し、猫も暮らせるいいところを見つけてくれた。
近くに大家さんも住んでいるが、大家さんも猫を買っていた。猫を飼いたいと伝えると快諾してくれた。それでもまだ僕は乗り気じゃなかった。

そんな僕も、妻によって少しずつ猫に慣らしてもらっていた。妻の実家のメイちゃんは、猫と僕をつなぐ架け橋の一匹だったかもしれない。もういなくなってしまったけれど。
メイちゃんは、老齢でいつも薬を処方されていたが、目脂が止まらなかった。正直そんなメイちゃんが最初は怖かった。
それでもメイちゃんは僕が触ってもおとなしいし、抱っこもさせてくれた。妻が目脂を拭くと気持ちをよさそうにしていた。メイちゃんを可愛いと思えるようになっていた。

妻と今の自宅に住んで1ヶ月ほど経っていた。4年前ぐらいのことだったろうか。その日は外で食事をして、夜風にあたりたくって2キロぐらいの道のりを、嫌がる妻を説得して一緒に歩いて帰っていた。家に着く間際に、猫の鳴き声がした。小さな黒い猫が、アパートとアパートの間の狭い隙間で鳴いていた。妻は迷わず抱きかかえに行った。
その猫は逃げなかった。嫌がりもしなかった。妻はそのままこの猫を連れて帰るといっていた。僕はまだ迷っていた。

「猫はウチに来るのが嫌かもしれない、一回おろして、逃げないならウチに連れていこう」

僕は、妻に提案した。妻はそれを了承した。黒い猫を一度おろすと、黒い猫は僕たちに付いてきた。僕たちは黒い猫を飼うことにした。

その日は何もあげるものがなかったので、猫が食べそうな魚を少しあげた。
その日は段ボールに入れて、簡易トイレを作って寝室で寝かせた。悲しそうな声で鳴いていた。本当に連れてきてよかったのか、よくわからなかった。

次の日、名前を決めた。「しげる」と名づけることにした。僕は家に入ってくる闖入者を「しげる」と呼称していた。例えばクモとかガとか。ついに本物の「しげる」がウチにやってきたのだ、と力説した。それからはもう、他の生物をしげると呼ぶ事はしなかった。

しげるを病院に連れて行くと、歯が折れていて、爬虫類を食べていて、ゴミを食べていたらしい。脱水症状で、痩せていた。赤ん坊と思っていたけど、1歳だった。それぐらい痩せていた。
家に帰ると、頭や体を僕たちに擦り付けて、畳でゴロンと横になって眠っていた。安心しているように見えた。
猫って可愛いな、って改めて思った。僕は猫のことが好きになれそうだと思った。

今は猫を二匹(しげるとまさはる)飼い、道端の猫に話しかけ、猫への愛を他人に語っている僕がいる。

僕の人生は、しげると出会ってから随分変わったと思う。

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はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」