短編①

 

「こんな花束、誰かにあげてみたい?」

花屋の店長らしき人が僕に尋ねる。彼女は、50本ぐらいもあるだろうピンクのバラの花束を手際よく包装している。包装紙も淡いピンク色で、とても美しい花束として成立しているように見えた。

「こんな花束、何に使うか思いつかないけれど、何に使うんですか?」

そう聞くと彼女はにっこり微笑む。

「プロポーズに使うんですって。ホワイトデーの日に。男の人ってロマンチックなのよ」

彼女は時折かかってくる電話に対応しながら、相変わらず手際よく花束を包装している。セロハンテープや透明のフィルムを使いながら。美しい花束にセロハンテープはそぐわない気がするけれど、出来上がった花束は美しい。この花屋も、セロハンテープは花束にそぐわないと考えているのか、テープディスペンサーはアンティーク調の洒落たものだった。いったいあのディスペンサーはいくらするんだろう? 

「そんなに大きな花束、使ったあとどうするんですかね。ドライフラワーとかにするんでしょうか?」

そう僕が聞くと店長のらしき人はやれやれというような顔をして、諭すように言う。

「こういう明るい花はドライするとくすんでしまうからむかないの。やっぱり花は生花がいいのよ」

永遠には続かない美しさ。刹那的。生命。言われてみればその通りだと感心する。店長らしき人はまた電話の対応をする。

 

数分前に店に入ってもう一人の店員さんに、かっこいい花束をください、と伝えていた。その店員さんはベースとなる花を選ぶと、てきぱきと花をまとめていく。淡いピンク地にくすんだ黄色が乗ったバラがベースだ。他の花は地味だが、バラを引き立てていく。美しいと思う。

「妻に花束を買う機会なんて、年に数回もないから、こんなに格好良くまとめてくれると嬉しいです」

「奥さん、花束をもらって喜ぶんじゃないですか?」

どうだろう?喜んでくれるのだろうか。僕は渡していて楽しいのだけれど、やっぱり高いチョコレートとかそういったものの方が嬉しいのだろうか。よくわからない。

「喜んでくれるといいのですが。僕自身が花束を持って帰るのが好きなんですよ。何にも入れずに、片手で。何ていうか、かっこいい気がして。自己満かもしれません」

自分の花束を片手で持つ想像をする。思ったより小さく見えるかもしれない。
ところで、プロポーズで使われる花束は一体どれぐらい重いのだろうか。両手で持つのだろうか。それとも小粋に片手で持つのだろうか。そして、何で運ぶのだろうか?

「花を袋に入れずに持って帰るのって、すごくいいですよね。わかります」

「フランスパンを小脇に挟むパリ市民に憧れるように、特別な日に花束を下げて帰る大人に憧れるんです」

僕の花束を作ってくれた店員さんは笑った。もう花束は完成間近だ。花束の重さの事は、ジョークでかき消された。
店長らしき人が言った。

「いいじゃない自己満足でも。花束をもらって嬉しくない女性なんていないんだから」

そうなんだろうか?と少し考える。案外そう言うものなのかもしれない。女性が花を好むと言うのはいつからできた言説なのだろう、などと一瞬考えたが、今は特に考える必要がなさそうだったので、一旦思考を止める。妻が喜んでくれると良いと考える。そして、花を下げて、家の玄関を開ける姿をイメージする。
僕が花を買うのは自分のためなのか、妻のためなのか。自分のナルシシズムが急に気恥ずかしくなる。

 

出来上がった花束は、とても素敵だった。これから持って帰ると出来上がったものが壊れてしまう気がして、この場で妻に渡したかった。しかし、妻はここにはいない。

「じゃあ、格好良く持って帰るためにも、今日は袋は入りませんよね?気をつけて帰ってください」

店員さんがクスリと笑う。僕は苦笑いする。ナルシシズム
料金を渡して、店を後にする。もっと頻繁に花を買ってもいいな、と考える。

今日は自転車で帰られければならない。正直言うと、袋があった方が便利だったかもしれない。

 

※この話はフィクションです