短編「友情」

もし何か思い悩むことがあるならば、僕は徹底的に思い悩むことにしている。まあいいか、何てことは絶対にないし、むしろ常に思い悩むように気をつけているくらいなものである。

思い悩むことは決して楽ではない。端からどう見えているかは正確にはわからないが、固まっている姿や何を見ているかわからない眼差しで、何も考えていないように、何もしたくないように見えるのかもしれない。

悩みのない生活があるとすればそれは楽園である、という人が中にはいるかもしれない。『悩みがなさそうだね』といって人のことを見下したように評価する人間もいるだろう。僕から言わせればそんなこと言う人間の方がよっぽどの阿呆で、中途半端に物事が考えられる分よっぽどタチがわるいと思う。僕はそんな人間が大嫌いだし、そういう人間に対しては注意してきた。そうすると何人かの友達を失った。どうでもいい人間と友達になる必要を僕はどうしても認めることができない。


僕の住んでいる町は小さいが、歩いてスーパーに行けないほど田舎でもなく、かと思えば立派なホテルの隣は田んぼだったりする。小さな頃から住み慣れている町で、子供のころには田んぼを横切ったり、近くの温泉に行ったりして楽しんでいた。僕には友達と呼べる人間が少なかったから、そんな遊びをする時は大抵一人だった。それでもやはり友達はいた。ガメロンは小学校の時と高校と時の友人である。

容姿が悪く、大柄な上にやせ細っていていかにも神経質そうな僕に話しかける人間は少なかった。その中で大柄で痩せていて、神経質そうではあるが容姿の良いガメロンは僕に親近感を覚えたのだといってある日話しかけてきた。我々は会話をしてみたが全く話が合わず辟易としたのを覚えている。

ガメロンは石を集めることに熱中していた。緑色の石、白色の石、普通の石、硬い石、色んな石を持っていた。ガメロンの石を見て世の中には色んな石があるものだと感心し、僕も一緒になって石集めに奔走した。僕の最大の功績は黒曜石を見つけたことだった。黒曜石とは昔の人が武器にしたり、肉を切ったりするのもだと聞いていたから我々もやってみようといってその石を細く砕いたが、あまりの難しさに、古代人の偉大さを改めて感じざるを得なかった。

石集めは我々に大きな意味をもたらした。まず僕にとってあんなに面倒だったガメロンとの接触をむしろ好意的に捉えることができるようになったことだった。そのおかげで、ガメロンを知見を素直に賞賛できるようになったし、ガメロンにしても僕のいうことは新鮮で面白いと言うようになっていた。次に石を集めまくっていた我々は、一般的に言って変人の領域にいたが、教師連中から大いに評価を受け、その結果学内においても一目置かれることになったことだ。学内にとどまらず、ちょっとした調べ物が市内の小さな発表会で表彰されたこともあった。

ガメロンはともかく、僕は暗いほうだったし、友人も少なかった。そういったし賞賛の声はこの時は嬉しかった。

その折、よく聞かれることがあった。何がしたいのか、という質問である。別に何がしたいわけではなかった。石集めなんて退屈な時の方が多い。輝石とか雲母とか大抵は同じような石ばかり落ちているし、外から運び込まれたものも多く、地質的歴史的価値のあるものなぞは少なかった。

そう考えると、少なくとも僕は、ガメロンと共に何かをするとうことが楽しかったのかもしれない。ガメロンは石について、凄まじい知識を持っていたし、行動力や発想力は比較にならなかった。そういう体験が僕にとって学びであり、自己拡張のプロセスだと内在的に考えていたのかもしれない。

ある日ガメロンは、急に石拾いを辞めた。辞めたというより、石に興味を持たなくなった。高校2年のときだった。その時のガメロンはごく自然に石への興味を失ったように見えた。別に他の何かに興味が移ったわけでもない様子だった。なぜ石を拾うのを辞めたかと問うても、石なぞいままでひろっていたか?とでも言いたげな目で僕を見つめるだけだった。彼が石拾いを辞めてしまうと、僕も自然に石拾いを辞めてしまった。そしてガメロンとの交流もそれに比例して少なくなっていった。

僕たちは、いわゆる受験生だった。特に勉強をしなくても、ある程度の成績を残せたし、独学ではあるが、調査の方法や基礎知識の取り入れ方も心得ていたため、他のクラスメートのように大きな心配をするようなこともなかった。ガメロンも同じような考えだっただろう。AO入試とか、そんなものを使えばいいのだ。

私はガメロンとの調査の影響もあり、地学をもっと真剣に学びたいと考え始めていた。石や地質から、今まで知りえなかったような遠くて大きなものを見てみたくなったので。自分で暗いなと思っていた性格もクラスメートに馴染んでいくにつれて、そんなもんなのだと肯定できるようになり、進学による不安みたいなものもあまり感じなかった。

久しぶりに会ったガメロンに進路のことをなんとなく尋ねてみたが、薄ら笑いを浮かべているだけで答えなかった。その代わり、僕の進路や目標について真剣に尋ねてきた。僕の進路を聞いた時の彼の顔は真剣そのものだった。大体のことを聞き終わった時、彼はやはり無言だった。顔は窓の外を見ていた。

僕はそれなりに努力をして、一般受験で大学に進学することができた。それがゴールだとは思わなかったし、大学で学べるということに興奮を覚えていた。加えて、地元とは遠く離れた場所に進学することも自分の力を試せるような気がして楽しみだったのはあると思う。


僕は大学に入り、ガメロンとは連絡を取らなくなってしまった。彼も地元の大学に一般受験で合格した。彼が先行したのは国文学だった。僕たちは漫画はおろか、一度も小説の話をしたこともなかった。

 


おわり